経営資源としての女性人材の重要性とは
1.経営視点から見た女性活躍推進の意義
① 人材不足時代の切り札として
わが国の2015年時点での生産年齢人口(15歳~64歳)は7,629万人ですが、少子高齢化の進行により、2030年には6,875万人、2060年には4,793万人にまで減少するといわれています。現在すでに、労働市場では人材の獲得競争が激しさを増しており、企業経営者にとって人材の確保は、最も大きな経営課題のひとつとなっています。
こうした中、これまで以上に女性の労働参加を促そうと、出産後も仕事に復帰しやすいしくみや制度を整えたり、これまであまり女性が携わらなかった分野でも働きやすいよう、設備や環境を整えたりしています。
女性活躍推進の事例① ~建設業~
建設業は、人手不足が最も深刻な業界の一つですが、長らく男性がその現場で働く人材の大半を担ってきました。「建設」というと「力仕事」のイメージが強いですが、実際に現場での仕事の中には、管理やシステムなどの、力を必要としない仕事も少なくありません。それでも、なかなか女性の進出が進まなかった理由の一つに、実は「トイレ」の問題がありました。建設現場では、仮設トイレが設置されているのですが、男女共用でそのトイレを使用することに、女性は強い抵抗があったのです。
そこで、現場に女性専用のトイレを設置したり、更衣室や休憩所も女性向けに改良したりするなど、業界をあげて環境面での改善を進めてきました。こうした努力の甲斐もあって、一昔前と比べて現場で働く女性技能者の数が大幅に増えているということです。
女性活躍推進の事例② ~運送業~
運送業で働く人の女性比率は20%以下といわれ、他業界と比べても女性就労者の少ない業界とされています。運送業には肉体的にキツいというイメージがあり、大型トラックの運転や深夜労働などのイメージが敬遠されて、業界全般としてあまり女性が集まってきませんでした。しかし、そうした長距離トラックの運転に携わるような人の割合は、業界全体の中では一部に過ぎず、むしろ狭い配送エリアの中で小口の荷物を配送するような仕事の方が増えてきているのが実態です。
そこで、ある運送会社では、勤務時間を午前、午後、夕方に3分割して短時間勤務もOKとし、運転するのはAT車のライトバン、運ぶ荷物は小口便のみということを前面に打ち出して募集をかけたところ、これまでなかなか人が集まらなかった募集枠に対し、女性パートが大量に応募してきたということでした。
② 消費者視点を持った生産者として
一昔前の、まだモノに対する飢餓感が強かったころには、生産者主導で作られた均質な商品を、さほど苦労もなく大勢に向けて売ることができました。いわゆる大量生産・大量消費の時代です。
しかし、現在のように商品の選択肢が広がり、また消費者の嗜好も多様化した時代となると、より消費者に近い立場からニーズをすくい上げ、それを商品に反映させていくことが不可欠になってきました。さらに、インターネットの発達に伴い、流通や販促の形も大きく変化している今、生産者と消費者がダイレクトにつながることが容易になり、そこでも消費者視点での発想というものが売り手側により強く求められるようになっています。
こうした中、消費者により近い存在である女性に、商品企画やマーケティング、セールスの最前線で活躍してもらうことで、より市場のニーズを捉えたビジネスを展開しようと考える経営者が増えてきています。
女性ならではの視点を活かした事例 ~ある自動車メーカーの例~
自動車の開発といえば、男性技術者が行うものというイメージが強いですが、ある自動車会社では、新型のコンパクトカーを開発するにあたり、そのリーダーとして商品企画出身の女性を抜擢しました。実際にこのサイズのクルマを購入するのは、女性客であったり、妻側の意見が購買を左右するファミリー層であったりすることが多いため、開発にあたっても女性目線がフルに生かされることになりました。例えば、通常フルモデルチェンジの際には、先代よりもサイズを大きくすることを志向するものですが、彼女はまず、プラットフォームとエンジンの「ダウンサイジング」を提案したといいます。男性目線だと、つい「馬力」や「排気量」といったスペックを重視しがちですが、彼女は「今のお客さんの一番の関心は燃費。その上で、ストレスを感じない走りが実現できていることが大事」と考え、4気筒から3気筒に小さくした上で、新たにスーパーチャージャーを開発し搭載することにしました。また、チャイルドシートに子どもを乗せやすいよう後部ドアが大きく開くようにしたり、運転が苦手な人でも簡単に駐車しやすい機能を高めたりした点が女性の支持を集め、同社トップクラスのヒット車種となっているといいます。
③ 新しい時代のリーダーとして
一般的に「リーダー」といえば、指示・命令を的確に出し、目標に向かって人を動かしていくような「統率型」のタイプをイメージすることでしょう。「統率型」のリーダーは、ピラミッド型の組織の中でその力を発揮し、決まったことを等しく部下に遂行させるような仕事のマネジメントに向いています。言い方を換えれば、人的効率を高めて生産性を上げるような職場に適したリーダーの姿ともいえるでしょう。
しかし今は、効率化一辺倒での生産性向上は望みにくい時代となっています。激しい変化に迅速に対応すること、多様化するニーズに応えること、イノベーションを生み出すこと等が組織の課題となる中では、指示・命令によって動かすリーダーシップよりも、部下の力を引き出すような「サーバント型」のリーダーシップに注目が集まっています。フラットな組織の中で、部下と共感し合いながらその活動を支えていく「サーバント型」のリーダーシップは、女性が得意とするマネジメントスタイルでもあり、今後女性がリーダーとして活躍していく上での、ひとつのモデルになるといわれています。
統率型リーダーシップとサーバント型リーダーシップの違い
統率型リーダーシップ | サーバント型リーダーシップ |
---|---|
リーダーが権限を握る | 権限を部下に委譲する |
リーダーが解を授ける | 部下と一緒に解を探る |
右肩上がりの環境下で効果を発揮 | 成熟した環境下で効果を発揮 |
指示・命令によって仕事をさせる | 支援・動機付けによって仕事をさせる |
部下に忠誠心と従順性を求める | 部下には自律性と主体性を求める |
部下は恐れや義務感で動く | 部下はやりがいや責任感で動く |
部下が気にするのはリーダーの評価 | 部下が気にするのは仕事の結果 |
※サーバント・リーダーシップが従来の牽引・統率型リーダーシップと大きく異なるのは、答えを持っているのがリーダー側ではなく、部下の方だと考える点です。
2.農業経営における女性活躍の実情
① 統計から見た女性農業者の活躍状況
イ.農業従事者に占める女性の比率は高い
女性農業者は、基幹的農業従事者(※1)の45.8%(2017年)を占めており、他業種と比べても女性の参画率が高く、わが国の農業において重要な役割を果たしていることは間違いありません。
※1 農業に主として従事した世帯員のうち、年間を通してふだんの主な状態が「仕事に従事していた者」のこと。
ロ.女性の経営参画は今一歩
一方で、販売農家(※2)の中で女性が経営者である割合は6.7%(2015年)に過ぎず、男性経営者とともに経営方針に関わっている人を合わせても47.1%にとどまっており、重要な経営の意思決定に関わっている女性の割合は、まだまだ少ないといわざるをえません。
※2 経営耕地面積が30a以上又は農産物販売金額が50万円以上の農家を指し、それに満たない農家を「自給的農家」という。
ハ . 農村女性による起業活動は新たな段階へ
これまで、農村女性による起業といえば、地域農産物を活用した特産加工品づくりや直売所での販売など小規模な取り組みが中心で、運営形態もグループ経営が主流でした。
しかし、ここ最近では本格的な事業運営を目指して、個別経営の形で起業するケースの方が増えてきており、法人化する経営体の比率も高まってきています。また、今後の事業展開についても、拡大や新規展開を志向する人が少なくないという調査結果もあります。
女性起業数の動向
② 農業経営における女性への期待
イ.女性の経営参画と業績の関係
ある調査によると、売上規模の大きい農業法人ほど、女性を管理職や役員として登用している比率が高いという結果が出ています。また、女性が経営に関与する割合が高い農業法人は、そうでない農業法人と比べて売上高増加率や経常利益増加率が高いという結果もあります。
もちろん、これらの結果だけでは女性の経営関与と業績向上の因果関係を語ることはできませんが、成果を上げている農業法人では女性の活躍推進も進んでいることは確かなようです。
女性の農業経営への関与がもたらす収益性向上
ロ.得意分野は「経理」「営業」「企画」
農業経営の中で、特に女性が担当することの多い分野として、経理業務などを含む「経営管理」、対外交渉を伴う「営業・販売」、付加価値の高い事業化を図る「6次化」といった分野が挙げられます。
特に、「営業・販売」や「6次化」では、女性ならではの視点で消費者ニーズをすくい上げ、販売や生産などに活かすことが期待されており、それによって高い収益につながる可能性があります。
ハ.コミュニティ型組織のリーダー
一般の企業組織とは異なり、農業法人は地域コミュニティの色合いを持ち合わせていることも多く、統率型のリーダーシップよりもサーバント型のリーダーシップの方がより機能しやすいと考えられます。
農業の成長産業化を図るためには、こうした女性が得意とするコミュニケーションスタイルを駆使しながら、積極的にリーダーの役割を担っていくことが欠かせません。
③ 農業における身近な女性活躍推進事例
女性ならではの強みを生かすことで活躍推進を図る一方で、現状の農業運営においても、ちょっとした工夫や改善によって、女性の活躍を側面支援することができます。
ここでは、農業の主戦場である「生産」分野において、業務の遂行上、女性が “不利” にならないよう工夫している例を紹介します。
事例① ~体力的ハンデを克服するための工夫~
ある水稲を中心とする農業法人では、除草から施肥、田植、稲刈まで、女性従業員にも男性と同格の扱いで作業に従事させています。機械化が進み、体力的なハンデはかなり小さくはなってきているものの、やはり重い荷物を運搬する作業では、女性は不利になります。
そこでこの農業法人では、通常20kg入りの肥料袋を、特注で10kgに小分けして納品させ、女性でも取り扱いがしやすいように工夫しているということです。
事例② ~女性ならではのデリケートな問題に対処~
新たに農業に従事してみたいと考える女性にとって、大きなハードルとなるのが、トイレをはじめとする労働環境の問題でした。作業をする農場は母屋から離れていることが多く、「トイレの際には戻ってもよい」とは言われていても、結構な距離になると、そのたびに往復するわけにもいかず、結局「物陰に隠れて……」となるのでは、抵抗を覚えるのも無理はありません。
そこで、最近では、「農業女子」を呼び込むための手段として、農場に仮設トイレを設置する動きが増えてきているということです。さらに、女性を意識して内外装をかわいいデザインにしたり、ドレッサー付きの広めの仮設トイレも開発されているということです。