人材教育のしくみと風土づくり
リーダー養成と教育体系構築
1. リーダー人材の養成は成長企業の共通課題
農業法人に限らず、成長過程にある企業の経営者が渇望しているのは「リーダー人材」です。チームごとにメンバーを束ねるリーダーがいれば、経営者はメンバー一人ひとりを管理する必要がなくなり、チーム単位でのマネジメントに移行することができます。さらに、複数のリーダーを配下に位置づけ、その部門全体を統括する“一段上のリーダー”がいれば、経営者はより大規模な組織運営に移行することが可能になります。
このように、組織を大きくするためには、「リーダー人材」の存在がカギとなるわけ ですが、この「リーダー人材」を簡単に外から調達することは現実的にはできません。 意図的な教育を施し、育つ環境を整えることにより、内部で養成していくことが不可欠 となります。
2. リーダー像をイメージさせるキャリアパス
リーダー人材を育成するためにはまず、本人が将来、自分がリーダーのポジションに就く姿をリアルにイメージできることが重要です。
そのためには、自社で働くにあたっての「キャリアパス」を具体的に示すことが有効です。
なお、「キャリアパス」の明示は、自分の将来像が描きやすくなるという点で、若手の就農促進や定着化にも効果があります。
キャリアパスのイメージ
3. 階層別育成体系の構築
現場の実務で必要となる知識やスキルはOJTによって身に付けることができますが、リーダー人材に求められるマネジメントスキルのような「汎用スキル」は、OFF-JT(現 場外での教育訓練)での習得が欠かせません。
一般企業における各階層に求められる「汎用スキル」の例
部次長 | 課長 | 係長 | ||
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位置づけ | 経営者の代行(部門の経営者) ・アイデアや将来へのビジョン 提示、単純に考える力(概念的 思考能力)、幅広い教養も必要 ・ヒューマンスキルに優れている |
実務統率責任者 ・専門的な知識や経験を持つ ・特定の能力を持つ ・一定以上のヒューマンスキル |
現場責任者 ・専門的な知識や経験を持つ ・特定の能力を持つ ・一定以上のヒューマンスキル |
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各階層に求められるもの | 意思決定 | ・プラス、マイナスという合理性があるだけでなく、ビジョンも加味した決定ができる ・全体をふまえての全体最適判断 |
・プラスとマイナスを合理的に検討する ・部全体・課全体を踏まえての決定 |
・プラスとマイナスを合理的に検討する |
リーダーシップ | ・経営方針・部の目標を組織的に浸透させることができ、部下をまとめることができる ・情熱がある |
・的確な目標設定と部下の目標達成支 援を通じてリーダーシップを発揮する ・仕事に困ったとき、部下がトラブルを起こしたときに的確に対応し、部下をまとめあげることができる ・情熱がある |
・的確な方針の設定とメンバー個人個人と密接な関係を築き、相互信頼を通じて、リーダーシップを発揮する ・情熱がある |
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部下指導 | ・会社の方針に沿った形で長期的な視点で人材育成ができる ・部門全体でスキルの最適化ができる様な人材育成ができる |
・部門全体を踏まえ、教え方をプロデュースしながら、人材育成ができる | ・部下の仕事をプロセスに分割して洗い出し、常に能力評価を行い、指導している | |
リスク管理 | ・経営のリスクを判断でき、回避する。しかし、時にはリスクを取ることも検討する | ・日常業務のリスク回避、リスクコントロールができる(チェックリスト管理)、数字による管理ができる | ・日常業務のリスクを洗い出すことができ、発生直後の対応ができる | |
問題発覚 | ・経営上の問題を発見したうえ、優先順位を的確に判断し解決をはかることができる | ・顧客サービスや部・課の問題点を発見したうえ、優先順位を的確に判断し解決をはかることができる | ・顧客サービスや課・係の問題点を発見したうえ、優先順位を的確に判断し解決をはかることができる | |
顧客満足 | ・対外的な代表者としてお客様との最終責任者として振舞え、たえず顧客満足に注意を向けている | ・対内的な統括者として担当者を通じ、お客様との人間関係を築くことができる | ・業務を通じて、お客様との人間関係を築いている | |
コミュニケーション | ・役員層への経営に関する提言ができる ・経営者のビジョンを自部署のビジョンに落として伝達できる ・他部署との認識のギャップの補完と調整 |
・部長クラスに課を代表しての提言ができる ・経営者のビジョンを課に浸透させ、考え方の軸を持たせることができる | ・現場の状況を課長以上クラスに的確に伝達ができる ・部下が話やすい風土を職場につくり、部下との意見交換を活発にできる |
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人事部門の提言 | ・メンタルケアの知識があり、うつ病の疑いがある社員などに対する適切な対応ができる ・ハラスメント防止に対する意識がある ・労務管理の知識があり、実際に対策がとれる ・コンプライアンスの意識を持っている 等 人事部門の立場から現状、必要と思われるスキル |
リーダーをはじめ、各階層に求められる「汎用スキル」を持った人材を育てていこうと考えるならば、会社側で階層別の教育体系を構築し、必要なタイミングで必要な研修等を提供するしくみを構築することが大事です。
主任(6年目〜9年目) | 中堅(4年目〜5年目) | 2〜3年目 | ||
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位置づけ | 実務担当リーダー ・役割分担ができる ・スケジュール策定を行える ・業務負荷調整ができる ・担当業務においては、最大知識 ・最高スキルを持つ |
実務担当者(基幹業務) ・専門的な知識や経験を持つ ・特定の能力を持つ ・一定以上のヒューマンスキル |
現場責任者 ・担当業務における問題解決策を実行できる ・担当業務においては、イレギュラー対応にも主体的に対応できるる ・自分のプロジェクトの業務範囲内の専門的な知識を持つ |
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各階層に求められるもの | 意思決定 | ・組織目標4割、実担当者状況6割の判断 ・組織目標をどう達成するかよりも、与えられたメンバーでできることを考える |
・組織目標2割、実担当者状況8割の判断 ・組織目標達成よりも実担当者状況に比重が大きい |
・特になし ・指示に従う |
リーダーシップ | ・実担当者の中で最も重く、大きい仕事に取り組むことで、メンバーのモチベーションを高める ・メンバーのミスの実質処理担当者となる |
・業務進捗の難局においては、積極的にアイデアを出し、チームに活気を与える | ・瑣末な業務を拾い続けることで、上席者への刺激となる | |
後輩指導 | ・自己及び組織のスキル・ノウハウの伝承を積極的に行う ・仕事の進め方・手順を体系化(マニュアル化)できる |
・仕事の進め方・手順を論理的に後輩に伝えることができる ・後輩の人生相談に乗ることができる・自分の経験を納得感を持って語る |
・新人に「社会の常識」を指導することができる | |
リスク管理 | ・プロジェクト全体にかかわる担当者ベース(社内的)のリスクの洗い出しができる ・さらに予防策・対応策を立てることができる |
・自身に関わる業務のリスク発生直後の対応ができる ・自分の業務のリスクの予防策を策定することができる |
・自分の業務のリスクの発生直後の対応ができる ・トラブル発生時に指示された対応策を講じることができる |
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問題発覚 | ・独創的な解決策を考えることができる | ・過去の解決策をもとに、現状に合わせた解決策に調整することができる | ・過去の解決策を模倣することができる | |
顧客満足 | ・顧客満足を業務に反映するために業務の流れ、フローを変更することができる | ・顧客満足のための施策を考えることができる | ・顧客満足の概念を理解できている | |
コミュニケーション | ・後輩の話を傾聴し、的確な質問 ゙できる ・係長以上クラスに的確なホウレンソウができる ・後輩が話しやすい風土を職場につくり、後輩との意見交換を活発にできる |
・上司・先輩の指示を概念的に理解できる ・後輩の話を傾聴し、的確な質問ができる ・上司・先輩に的確なホウレンソウができる |
・上司・先輩の指示を自分の言葉で言い換えることができる ・上司・先輩に的確なホウレンソウができる |
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人事部門の提言 | ・自己のメンタルヘルスの管理ができる ・労務管理の知識がある ・コンプライアンスの意識を持っている 等 人事部門の立場から現状、必要といわれるスキル |
若手育成とOJT制度
1. 未経験者の増加とともに高まるOJTの必要性
組織運営体制を整えた農業法人が増えるに従い、そこに就職する人の中に農業未経験者が多く含まれるようになってきました。もともと家業が農業だった人と比べると、基本的な知識や技能が備わっていないケースも多く、従来のようにいきなり現場に投入し、見よう見まねで覚えさせるような育て方ではうまく習熟が進まず、離職してしまう恐れもあります。
農業法人においても一般企業と同様に、新人に対してひと通りの仕事を覚えるまでの育成スケジュールを組み、指導担当者のもとで教育を施していくような“計算されたOJT”の導入が求められているといえるでしょう。
2. OJTが機能する育成環境の整備
OJTを通じて人材育成を推進し、仕事の生産性を高めていくためには、育成環境を整え、効果的に知識や技能、ノウハウの習得が進むようにすることが求められます。
ジョブローテーションのしやすい作業管理体制
スキルの習得状況に応じて担当業務を切り替え、新たなスキル習得にチャレンジさせていくことが、早期育成のためには効果的です。人員配置を協議する場などでは、作業の段取りとともに育成も考慮して決定するなど、職場全体で育成を推進していくことが求められます。
作業ノウハウの可視化
ベテランの行動の中には、効率的な作業の進め方や注意すべき点などのノウハウが暗黙知として備わっています。こうした暗黙知を可視化し、マニュアルなどに落とし込んで活用することにより、新たに加わる人にも分かりやすく伝えられるようにします。
情報を共有する場づくり
状況変化に対し、ベテランがどのような情報をもって判断を下しているのかなどを知る機会として、リーダー層のミーティングの場に若手にも同席させ、情報の共有を図ります。
OFF-JTとの組み合わせ
経験値の乏しい若手に対し、現場で OJTを行う手前で、OFF-JT によって事前に知識や理論を習得させておくことで、現場での作業内容やその意味をより深く理解することができるようになります。
3. 指導者に求められる教育スキル
若手が順調に育つかどうかは、本人の資質もさることながら、OJT指導者のスキルにも大きく影響を受けます。OJT指導を担当する者には、指導に当たらせる前に、効果的な指導を行う上でのスキルを身に付けさせておきます。
指示の出し方
まず、作業の内容だけでなく、作業の意味を教えることが重要です。そうすることで、若手は不安なく行動に移ることができます。
また、指示を出す際に期待水準をあわせて伝えることも重要です。どのくらいのスピード感でやるべきなのか、どの程度の丁寧さが求められるのかなど、「言わなくてもわかるだろう」とは考えず、丁寧に教えます。
報告のさせ方
作業を指示した後は、必ず作業が終わった時点で若手側から「報告」をさせます。時間の長くかかる作業を指示した場合は、途中で進捗状況を「報告」させ、そのまま続けさせるのかどうかを判断します。
なお、作業中に想定外のことが起きたら、すぐに「報告」させるようにします。特に、失敗した時など、悪いことの報告は遅れがちです。過度に報告をためらわせることのないよう、注意の仕方にも配慮が必要です。
効果的なほめ方
「ほめられる」というフィードバックは、仕事を覚える過程にある若手にとって、モチベーションアップにつながるものです。また、教育的効果を高める上では、具体的にどこがよかったのかきちんと言及しながらほめることが大事です。さらに、継続的に作業品質を維持させるためには、結果だけでなくプロセスもほめるということも重要です。
効果的な叱り方
「叱られる」というフィードバックは決して愉快なものではありませんが、仕事を覚える上では避けて通れないものであり、指導する側は必要な場面で躊躇することのないようにしましょう。
なお、「叱る」は、思うようにいかないために感情をあらわにする「怒る」という行為とは異なり、相手の成長を願って厳しいことを言う行為が「叱る」です。
4. 経営者によるキャリア形成支援
経営層に属する人には、OJT指導者とは別の角度からの支援が求められます。従業員のキャリアに関する考えを丁寧に聞き上げ、それに対する期待を伝えるとともに、キャリア形成を後押しする制度や仕組みを提示します。
制度や仕組みがまだない場合は、ぜひ導入を検討しましょう。
キャリア形成を後押しする制度・仕組みの例
- ライフスタイルに合わせたキャリア形成を支援するために……
- ・資格取得の支援策
・役職手当の導入
・正社員への転換
・上位ポストへの配置 など
- 家事・育児・介護と仕事を両立しやすくするために……
- ・変形労働時間制(出社時間、退社時間を柔軟に対応させる制度)の導
・短時間勤務の導入
・有給休暇取得の推進 など
コミュニケーションを通じた風通しの良い風土づくり
1. 風通しの良い職場が人材を育む
風通しの良い職場では、従業員一人ひとりが過度にストレスを感じることなく、やりがいをもって働くことができます。また、そこでは活発なコミュニケーションが行われ、それを通じて職場の改善や個人の成長が促進されます。 こうした状況が生まれることで、貴重な人材の離職を防ぐことができ、あらたな就農者の確保にもつながっていきます。2. 風通しの良い職場の条件
イ. 意見の発信が歓迎される
若手やキャリアの浅いものでも自由に発言ができ、ベテランがそれを歓迎する風土のある職場では、従業員同士が相互に意見をぶつけ合うことによって切磋琢磨し、ともに成長していくことができます。 逆に、一部のベテラン従業員に気を使って言いたいことも言えないような職場だと、仕事の進め方も硬直的になりやすく、成長が滞ってしまいかねません。ロ. 日々何かしらの変化がある
作業担当の変更や、チームの組み換えなどが定期的に行われていたり、よりよい方法を求めて仕事のやり方を試行錯誤していたりするような職場では、意見交換も活発になり、程よい緊張感が生まれます。 こうした職場で揉まれた従業員は、変化に対する耐性が強くなるため、経営環境に柔軟な対応ができるようにもなります。ハ. 過度なストレスがかかっていない
仕事における適度なストレスは、生産性を上げるうえでも必要ですが、過度なストレスは仕事のパフォーマンスを下げてしまい、最悪の場合、メンタル不調を引き起こして離職することにもなりかねません。また、上司側に過度なストレスがかかると、部下に対するハラスメントが起きやすくなります。 こうした状況を未然に防ぐためにも、日ごろの職場内でのコミュニケーションが重要になります。相談しやすい職場づくり
1. メンター制度の導入
仕事に関する課題については、直接指示や指導を受けている上司、先輩に相談するのが原則です。一方で、仕事に対するモチベーションや、ワーク・ライフ・バランスの問題、今後のキャリア形成などの相談相手としては、直属以外の先輩の方が適任者である場合が少なくありません。 そこで、若手従業員に対して所属先以外の先輩をメンター(知識や経験の豊かな人 / 年長者)として選任し、若手従業員をサポートする「メンター制度」を導入する組織が増えています
- メンター制度導入により期待できるメリット
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- 若手従業員が一人で悩みを抱えることが無くなる
- 離職の芽を早期に発見することができる
- メンター(相談を受ける側)にとっても人材育成面での「学び」がある
- 部署を横断してのコミュニケーションの活性化につながる
2. 相談窓口を設ける
従業員が抱える悩みは、直接仕事に関わることばかりではありません。ある程度の従業員数を抱える農業法人であれば、幅広く従業員の悩みに応えられるよう、組織内に専用の相談窓口を設けることを検討しましょう。 また、悩みのテーマによっては、直属の上司や男性社員にはなかなか相談しづらいものもありますので、相談窓口の担当者にはベテランの女性社員などがあたることが多いようです。また、社外の専門家に相談窓口を委託する方法もあります。 一般的に、従業員から専門窓口にあがってくる相談のテーマは以下のようなものになります。従業員相談窓口に寄せられる主なテーマ
ハラスメント/メンタル不調/健康問題/親の介護/借金・トラブル/離婚問題なお、常雇いの従業員数が50名以上の事業所に対しては、労働安全衛生法で「衛生 管理者」および「産業医」を選任し、労働基準監督署に届け出ることが義務づけられています。