農業法人における人材ポートフォリオ決定の課題

近年の農業経営では、経営者の家族や親族を雇用する従来の家族経営とは異なり、経営者の親族以外を多く雇用する企業的な経営目的を持つ農業法人を中心に、雇用区分を設ける事例が見られます。農業法人では雇用期間に基づく正規雇用者と非正規雇用者の2つの区分が代表的ですが、将来的には経営成長の段階に応じて組織内の労働力構成が変化する中で、例えばパート・アルバイトや契約社員といった非正規雇用者の内訳の変化によって雇用区分の多様化が進展していくと考えられます。

そのような進展が見込まれる一方、農業法人の農場面積が拡大していく中で、正規雇用者と非正規雇用者は農業法人内では同じ営農品目に関する類似業務に従事する傾向にあるため「役割曖昧性」が高まり、雇用区分間において「職務上の役割」(「組織階層の中の位置付け」や「仕事の範囲」)の違いの実態を捉えることが難しくなっています。役割曖昧性が高まっている理由は、日本の雇用慣行による職務内容を明確に定義しない雇用契約、従業員を採用した経験が少ない経営者の人的資源管理についての経験不足などが考えられます。

そこで重要になるのが、「人材ポートフォリオ」(雇用ポートフォリオとも言います)という考え方です。正規雇用者と非正規雇用者の雇用区分別に、経営者が両者の採用や継続雇用を決定する経営戦略は、農業法人の経営成長のために重要です。その経営戦略を決定するための枠組みが人材ポートフォリオであり、基本的には雇用区分別の人数割合によって定義されます。経営者が人材ポートフォリオを意思決定するためには、従業員における「職務上の役割」の差異について雇用区分に応じた基準の設定が必要です。しかし、近年急速に農場面積が拡大する傾向にある中で、従業員を採用して育成する経験を積みはじめた多くの日本の農業法人においては、その差異の実態も十分に明らかではないため、多くの経営者にとって人材ポートフォリオに関する明確な意思決定の基準が整理されていないことが課題です。

人材ポートフォリオの意思決定において考慮するべき要素としては、経営内部環境では経営の財務諸表から逆算した人件費の予算、組織階層の明確化などがあり、経営外部環境では地域労働市場からの採用可能性、雇用法制の変化などが挙げられます。特に農畜産物の生産にとどまらず食品加工や販売・配達などに経営多角化した農業法人においては雇用区分別の「仕事の範囲」の設定がポイントとなります。今後は、多様な雇用区分にある従業員のそれぞれがモチベーションを高く保てるように、定期的な面談を通じた配属希望の聞き取り、あるいは組織内での昇進を明文化してキャリア形成を促すような人員配置といった施策が重要となります。

(参考文献)
Hayakawa, K. (2024) Employee Attributes in Human Resource Portfolios of Agricultural Corporations: An Exploratory Survey in Miyagi Prefecture, Japan. Journal of Farm Management Economics, 55, 21-40.

公立大学法人宮城大学 食産業学群
助教 早川 紘平