農業法人におけるエンプロイメンタビリティの重要性
近年、新規就農者数が減少する一方で、農業法人に就職する雇用就農者の割合は増えています。農林水産省の新規就農者調査によると、50歳未満の新規雇用就農者数は、2007年の5.4千人から2023年には6.9千人まで増加しました。その一方で、就職後の就農者の状況をみると、定着には至らないケースが多くみられます。その主な要因としては、農業法人における給与水準の低さ、年間休日数の少なさなどがありますが、その他の要因として、数年後に実家の農業を継承する予定であったり、将来的な独立を前提として就職している場合が多いことも理由の一つとしてあげられます。このように雇用就農者においては、社内で農場長、経営幹部を目指す者もいれば、独立就農を志向する者まで、多様なキャリア志向が存在します。このキャリア志向の多様性は農業の特色ともいえ、それぞれのキャリア志向に合わせた人材育成が大きな課題となっています。
その際に重要な課題が、農業法人のエンプロイメンタビリティ(Employmentability:雇用能力)です。エンプロイメンタビリティとは、従業員に働く場として選ばれる能力を意味します。法人においては、雇用就農者の人材育成を図り、能力を高めることが重要となる一方で、「能力を高めた従業員から選ばれ、積極的な貢献を引き出すことのできる組織」(高木、2008)であることが求められています。そのため、農業法人においては、エンプロイメンタビリティ(雇用能力)を高めることが,就農者の定着を促進し、人的資本の獲得によって経営成長につながることができます。
エンプロイメンタビリティが重要になるもう一つの要因としては、農業の特徴として、雇用就農者の就農理由が多様な点があげられます。就農者に正社員として就農した理由を聞いても、経済的な理由だけではなく、生物生産に従事するやりがい、地球環境問題への対応、地域社会への貢献などをあげる場合が多くあります。
近年の農業法人の中には、まだ数は少ないですが、経営者との面接、面談などの機会を多く設定し、従業員の希望、適性に合わせて人事管理を実施する経営が増えています。特に園芸作などで多い独立就農希望者に対しては、社内で新たな部門を立ち上げさせ、責任者とすることで、社員のモチベーションを高めている経営もみられます。また、長期就職の志向をもつ従業員の中でも、経営幹部志向、現場志向を持つものなど多様なキャリア志向が存在しますが、従業員のキャリア志向に合わせた長期的なキャリアパスを整備し、キャリアパスに応じた人事評価制度を構築する経営がでてきています。
農業法人における従業員の育成、定着に関してはいまだ多くの課題があります。現場レベルの成功事例、失敗事例を丹念に積み上げ、改善策を講じることによって、農業法人のエンプロイメンタビリティを高めていくことが重要になります。
[引用文献]
高木浩人(2008)「エンプロイアビリティと組織コミットメント」若林直樹・松山一紀編『企業変革の人材マネジメント』、ナカニシヤ出版、pp.185-202.
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
中日本農業研究センター 転換畑研究領域
畑輪作システムグループ長補佐
澤田 守