人材定着につながる農業経営の人的資源管理

近年の農業経営では、耕作面積の拡大や飼養頭数の増加にともない従業員数が増加傾向にある事例が全国的に見られます。経営者にとっては人的資源管理の課題が顕在化しつつあると考えられ、なかでも従業員が離職した場合には、他の従業員の業務量が増加すること、離職者の代わりに雇用した従業員の教育に要する経営者や幹部職員の時間的な負担が増加することなどの課題が発生します。こうした課題を未然に防ぐために、人材の定着につながる人的資源管理が求められています。それでは、具体的にどのような人的資源管理が人材定着につながるのでしょうか。

筆者は、全国の農業経営を対象に実施されたアンケート調査の結果を踏まえ、ハローワークなどに代表される「行政を通じた従業員の獲得」、職場における「毎日の作業に関するミーティングの実施」などが人材の定着にプラスの影響を与えているとされていたことから、その実態を調べたことがあります(早川,2022)。このコラムでは施設園芸の農業法人を事例として、経営者の人的資源管理に関する知識や経験が浅い創業期にもかかわらず、正社員の定着率が高い傾向にある法人の人的資源管理の特徴について紹介します。なおここで用いる定着率の定義は、一定期間内に採用した無期雇用の正社員が定着している場合の組織全体の定着率です。

人的資源管理について13個の施策に分類して筆者は調査しており、その分類は「職務分析・職務デザイン」、「採用」、「選抜」、「教育・能力開発」、「グループインセンティブ」、「報酬制度(グループインセンティブ以外)」、「従業員参加・権限移譲」、「チームの活用」、「業績評価」、「雇用保障」、「従業員の発言機会・苦情処理」、「内部昇進・キャリア開発」、「情報共有化とコミュニケーション」でした。ここで、先に述べた人材定着にプラスの影響を与えるとされた2つの施策は、「行政を通じた従業員の獲得」が「採用」施策に、「毎日の作業に関するミーティングの実施」が「情報共有化とコミュニケーション」施策に該当します。それでは、これら2つの施策の具体的な内容はどのようなものでしょうか。

まず「採用」施策においては、農業関係の大学・専門学校の新卒の者あるいは近隣市町村に居住または出身の者を積極的に採用するといった「採用者の限定」、地域の農業大学校などの「就職説明会への参加」、採用前に数日間の「インターンシップの実施」、農作業の体力的負担や他産業よりも低い賃金水準などの仕事の大変さを伝えて就職の再考まで促す「面接」、近隣に居住する就職希望者には家族にも面接への同席を求める「家族とのコミュニケーション」が挙げられます。これらの施策を通じて、従業員にとって入社前と入社後の認識のギャップが発生しないように現実を十分に伝える「現実的職務予告」(リアリスティック・ジョブ・プレビューとも言います)の実施の重要性が示唆されました。

次に「情報共有化とコミュニケーション」施策としては、1日の作業予定のシミュレーションを行い従業員間で意見を出し合う「朝礼」、作業の進捗状況や新規資材導入を検討する「終礼・業務終了前の打ち合わせ」、全社や各部門のチャネルで情報共有する「電話・メール・SNS」、農繁期前後や年度区切りの「懇親会」、経営者から経営方針を伝えたり業務改善に関連するテーマを議論したりする「定例会議」が実施されていました。こうした緊密なコミュニケーションが、組織に対する従業員のコミットメントを高めた可能性が示唆されています。

他方で、これら2つ以外の施策が人材定着に寄与している可能性もあり、営農品目や経営規模など、それぞれの経営における働き方の特徴に合わせた人的資源管理の構築が必要になります。経営者の方針としては、現状の自らの経営における人的資源管理の施策をリストアップした上で、人材定着に向けた施策の改善に取り組むことが重要と言えます。

(参考文献)
早川紘平 (2022)「農業法人経営における従業員の定着マネジメントの特徴:創業期の施設型園芸経営を事例に」『農村経済研究』39(2), 54-65.

公立大学法人宮城大学 食産業学群
助教 早川 紘平