労働基準法と信義誠実の原則

労働基準法は今から75年以上前の1947年に公布されました。今を生きる多くの人がこの世に生まれていない頃、この法律は当時の社会情勢に鑑みて、使用者側と労働者側の力関係や関係性に則して作られました。そして時間の経過とともに生まれてきた必要性や新たに求められる条項が追加され、あるいは改正されて今も有効に機能しています。労働基準法は、労働条件に関する「最低限の基準」を定めた法律で、関係法令を含めて雇用契約、労働時間、休日、休憩、年次有給休暇、賃金、解雇、就業規則など使用者と労働者との労働契約上のルールを定めた最も基本的な法律です。労務に関わる人は熟知しておくことが求められます。

多くの追加や改正が繰り返されるうちに、労使双方が忘れがちになっていることの一つが、この法律は【信義誠実の原則】の上に成り立つ民法由来の法律であるということではないでしょうか。会社は労働者の働く時間に応じて賃金を払うという契約上の義務の履行は当然ですが、労働者が健康で働けるように信義に基づいて誠実に配慮する義務も課されています。一方、労働者は、思うままに働けばいいというのではなく、「信義に基づいて誠実に働く」ことが契約上求められています。雇用契約において、労使双方は対等であることは認識されていますが、「信義に基づいて双方が誠実であること」がその前提として存在しています。残念ながら労使双方が忘れたか重要視しなくなったのが現代社会ではないでしょうか。もちろんこれらは民法の話ですから、信義誠実の原則を守らないからと言って刑事罰を科されることはありません。

現行の労働法令では使用者つまり経営者側の義務面だけが広く知られています。最低賃金の厳守、所定労働時間、休日、年次有給休暇の付与、時間外勤務手当の支払い、労災の補償、労働条件通知書の交付など、人を雇って仕事をしてもらうときに会社がやらなければならないことは、明確に示されています。しかし、雇用関係においては、労使双方が信義誠実の原則に基づいていることを再確認すべきです。信義とは何か、誠実とはどういうことか、これらは観念的でありますので正確な定義ありませんが、社会通念上、社会に生きるものとして守らなければならないことを守ることだと思います。

民間企業は営利を追求しますが、働く人を軽視した働かせ方は認められません。無論、労働者側も会社の利益が自分の賃金の引き上げに直接つながるわけじゃないと判断して手抜きをすることは、信義誠実の原則から外れています。労働者には様々な権利が認められ保障されていますが、これは信義に基づいて誠実に勤務することが前提条件であるということを改めて確認してほしいと思います。もちろん会社も対等ですから、労働者の雇用と生活を守るための義務があり、様々な手段を検討し、計画して実行のために指示をします。こうした行動は、会社の信義誠実の原則であり、景気が悪い、人手不足だ、売り上げが減って利益が出ないという言い訳を並び立てて従業員の給料を減らし、あるいは経営を危うくして労働者の生活を危険に陥れることは、信義に基づいた誠実な経営とは言えません。

社会保険労務士 矢島友幸